勤務医のたそがれどき

勤務医も歳を取ったら徐々に「小さな仕事」に。働き甲斐も大事。

現在、自宅から山の上の方にある小さな病院まで1時間弱の道のりをイカー通勤している。その間は、ポッドキャストかオーディオブックを聞いていることが多い。

ポッドキャストの一番のおすすめは「日経メディカル聴く論文」。他はあまり長く聞き続けているポッドキャストはない。出たり入ったりだ。New England Journal of Medicineなどの英語のポッドキャストを聞こうと頑張ったこともあったが、気力が衰えたせいか、やめてしまっていた。

根がケチなので、オーディオブックは「聴き放題」の本を聴いている。「聴き放題」を選んでいると、本屋では絶対自分からは買わないだろうなというラインナップになるが、ほとんどの本が面白い。物知りになったような気になる。そのなかで最近参考になったのが、坂本貴志著「ほんとうの定年後「小さな仕事」が日本社会を救う」(2022年8月20日発行)。

余談になるがこの本の著者はその紹介文をみると1985年生まれのリクルートワークス研究所研究員と書いてある。私が社会人になった年に生まれた人が、私や私より上の世代の老後についてデータを駆使して的確に指摘している。書かれていることは、その通りだと思う。恐るべし、リクルート。大西康之著「起業の天才!: 江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男」(2021年1月29日発行)(これもオーディオブックで聴いた)でリクルートについて知ったばかりで、いまどき優秀な人は情報産業に行くのだと痛感した、というか、感心した。

本題に戻る。

この本「ほんとうの定年後」では、60歳の定年前後に一般的な労働者(経営者とか自営業者と違うという意味で)にどのような変化が起き、どのように対処しているのかを示し、そのうえで、どのように労働者と社会全体が変化していくべきなのかを論じている。

公立病院の医師の定年は、大体が65歳で、私の場合、定年とは違うが、60歳で転職した。同じような状況と考えてよい。

ここで筆者は、以下のようなことを述べている。

『定年前までは、基本的に能力は伸び、それに合わせて仕事の量や責任などが拡大する(給料は、一般的にはそれに合わせて上がっていくわけではない)。そして、定年前のある時期に これ以上の昇進がないことを自覚する。または、自分がもうこれ以上昇進したり、多く稼げるようになることを望んでないことに気付く。

そして、定年を機に状況は変わる。定年後の就職・就業に成功する人たちは、これまでとは違った価値観、生きがいや社会への貢献を求めて職を選ぶ。そして、体力や気力に合わせて、より「小さな仕事」に移っていく。収入は、定年を境に大きく減るが、出費も減っている時期になるので問題はない。社会的にもこのような「小さな仕事」を行う労働者が尊重され、そこで働く人が喜びを感じるようにしなければならない。』

これが、私の場合にも見事に当てはまる(身分や給与の変化は違うが、精神的な面で)。前の病院を退職する60歳までは病院内での役職が増える一方で、部下と呼べる人たちが増え、その人たちの責任を取ったり、後ろ盾になってやったり、調整役になってやったり。その中で自分の診療科の業績も伸ばしていかなければならない。数年に1回しか出せなかったが、論文も作る(これは一種の趣味だったが)。研修医に教えることも大事な仕事なので、自分の診療領域の最先端の知識を維持しなければいけない(そうでなければ論文も書けないし)。そして好むと好まざるとにかかわらず、院内の出世競争に巻き込まれる。患者をよくしようという目標はあるが、社会全体に貢献しようとか、社会を良くしようというよりは、どちらかといえば、個人的な目標であり、自分やその仲間となった人たちの院内における居場所の確保のために働いていたのだと、今は思う。そのなかで、たぶんこれ以上エラくなることもない、これから定年までの5年間をこの病院に尽くすのかというネガティブな感情も芽生えていた。そして機会があり、転職した。

そして、状況は60歳の転職を機に大きく変わった。職位(?)は幸いにして上がったが、責任とストレスは前の職場と比べて明らかに少ない。何かをしようとしても、根回しや説得なんてほとんどいらない。患者も助けなければいけない重症の患者はよその病院に頼めばいい。
しかし、町民や地域に対する役割の重さは理解している。転職して2~3年経って理解するようになってきたというべきかもしれない。そしてこの役割を果たしていくことが、病院を守ることであり、地域における雇用にも寄与できることなのだ。これはストレスではない。社会に対する使命だ。

ここまでは「ほんとうの定年後」のシナリオ通りだ。

そうすると、第一段階はそれでいいとして、次のことも考えていかなければならないことも明白だということだ。体力・気力が衰えていった先にどのような人生設計を立てていくのか。

前の病院長が定年を70歳まで引き上げていってくれた。なにか問題が起きなければ、70歳まで現在の身分で働き、そのあとも、前院長と同じように、迷惑にならない間は、この病院でアルバイトさせてもらおうと考えている(アルバイトに来たがる医者もいないだろうから)。しかし、どこまで気力が持つだろうか、通勤のための運転はできるだろうか。

幸いなことに、「ほうとうの定年後」にあるようにまったく別の職業に就くことまでは考えなくてよい。この病院に転職した際 医学全般を学びなおす必要はあったが、同じ職業内のことである。これからさらに年をとっても同じだ。専門職の特権である(この病院にアルバイトで来ている高齢のドクター達を見ていると、それも問題があるように思えるが)。

ひとまずは、気力のあるうちは、世の中のために頑張る、人任せにしない、でやっていこうと思う。老後への対策についても追々述べていきたい。気力・体力が衰えていくにしたがって考え方も変わっていくかもしれない。

ブログをいくつか更新したあとの ブログ開始にあたっての所信表明であったりする。