メトホルミンはコロナ後遺症を抑制する。

メトホルミンファンにとって待望の論文が6月8日に出た。これがLancet (infectious diseases)に掲載されているのを確認した日の翌日は興奮で朝4時に目が覚めてそのまま眠れなかった。

COVID-19の患者にメトホルミンを投与すると後遺症の発現が抑えられるという論文。

メトホルミンは言わずと知れた糖尿病治療薬。これ単体で用いている分には低血糖の心配はほぼない。アメリカ糖尿病学会ガイドラインでは、虚血性心疾患、心不全、慢性腎臓病合併の場合以外の第一選択薬であるが、日本では、乳酸アシドーシスのリスクがある、造影CTができないなどの理由で何となく嫌うひとも多い。「ビグアナイド薬の適正使用に関する委員会」というところから「メトホルミンの適正使用に関するRecommendation」なる注意喚起文書も出されている。
それに糖尿病薬を出すというと 一般の人たちはメトホルミンでなくても嫌がる。

一方で、デビッド・A・シンクレア著「LIFE SPAN(ライフスパン): 老いなき世界」で長寿薬として紹介されてから、個人輸入してのむ人も現れた、今一部の人の間で人気の薬でもある。まずは論文に行く前にこの本で紹介されているメトホルミンに関する記載内容から。

『メトホルミンはAMPKを活性化させることにより。NAD濃度を上昇させる。
  ↓
サーチュインなどの老化への防御機構全体を始動させる。
  ↓
エピゲノム情報が失われるのを顕著に遅らせる。
  ↓
あらゆる器官が若く健康でいられるようにする。

メトホルミンは血液細胞のDNAメチル化年齢を1週間で若返らせる。折り畳み不全のタンパク質を除去する効果がある。癌細胞の代謝を抑える。
ごく少量のメトホルミンがマウスの寿命を6%延ばす。
メトホルミン服用者では、認知症、心血管疾患、ある種の癌、虚弱、うつ病のリスクが低下する。』

そのほかにも現在でも多くの研究が行われており、神経系に関しては:マウスにおいて、AMPK活性化により、老化した髄鞘前駆細胞の分化能を回復させ、傷ついた髄鞘の再生を促進する効果、老齢マウスにおいて脳の血管や神経の新生を促進し、炎症を抑制することによって認知機能を向上させる効果、なども報告されている。

そのほか多くの臓器の炎症抑制、老化の抑制についての研究がある。呼吸器領域でもCOPDの進行抑制効果があるのではないかと研究している人たちがいる。

論文は:
Carolyn T Bramante et. al. Outpatient treatment of COVID-19 and incidence of post-COVID-19 condition over 10 months (COVID-OUT): a multicentre, randomised, quadruple-blind, parallel-group, phase 3 trial. Lancet Infectious Diseases. June 08, 2023

Preprintの段階から話題になっていた。COVID-19専用の抗ウイルス薬がすでに市販されていて、メトホルミンなどの一般薬の急性期COVID-19に対する効果についての関心は薄れているが、多くの人が悩まされているコロナ後遺症をどう治療するかの足掛かりになることを期待させる論文。

Preprintのときは題名に「メトホルミン」が入っていたが、publishされた論文ではそれが消えている。過度にメトホルミンへの期待を煽ってはいけないという出版元の配慮だろうか。論文の中の図では逆にメトホルミンが強調されている。

『2020年12月30日から2022年1月28日まで(アルファからデルタ、オミクロンにかけての時期) Bramanteらは3つの内服薬(メトホルミン、イベルメクチン、フルボキサミン抗うつ薬))をアメリカのコロナの患者に試した。それぞれの薬は患者・医師・その他の関係者とコンタクトをとることなく、ランダムに患者に届けられた。

対象は30歳から85歳の過体重または肥満を有するもので、コロナ感染の症状が出てから7日以内、陽性反応が出てから3日以内に薬剤が配達されるようにした。300日までの毎月のフォローアップ、医師からのlong COVIDの診断の有無がわかる記録が行われた。

メトホルミンの投与方法:14日間内服。初日500㎎、次の4日間500㎎X2回、残りの9日間は朝に500㎎、夜に1000㎎内服(日本人でこの量はキツイか)。

1125人が参加に同意。564人がメトホルミン群、561人がプラセボ群。平均年齢45歳、56%が女性、7%が妊娠中。発症から内服までの平均値5日間。47%が発症から4日以内に内服開始。

参加者の8.4%がlong COVIDと診断。メトホルミン群の6.3%、プラセボ群の10.6%がlong COVIDと診断された。メトホルミン群のプラセボ群に対するリスク回避率は42%(プラセボ群に対するハザード比0.59, 95%CI 0.39-0.89, p=0.012)。各種薬剤を組み合わせて内服する群もあったが、その回避率も同等だった(メトホルミン以外の薬剤は無効)。メトホルミンを3日以内に開始した人たちではさらにlong COVID回避率は高かった(64%, プラセボ群に対するハザード比0.37, 95%CI 0.15-0.95)。

サブグループ解析で すべてのサブグループでメトホルミンが有効性を示す傾向を認めたが、有意差は女性、BMI30以上、3日以内の服薬開始、45歳未満、ワクチン未接種者に認められた。

ディスカッション:メトホルミン投与群で急性期症状も軽減されていた(これはすでに知られている。それをこの試験でも確認した)。

このCOVID-OUT試験はERでのメトホルミンの処方の可否、もうすでにlong COVIDになってしまった人へのメトホルミンの効果について決定的な指標にはならない。さらに次の指針作成、次の研究につなげていく必要がある。

この試験でいくつかのlong COVIDのリスク因子が明らかになった(女性11.1% vs. 男性4.9%、ワクチン接種歴あり6.6% vs. ワクチン接種歴なし10.5%)。2回以上ワクチン接種した人のうち57人しかlong COVIDにならなかった。

この試験では 日常で遭遇する状況をふまえて 妊婦、授乳中の人を除外することは、わざとしないようにした(イベルメクチン、フルボキサミン投与群には入れないようにした)。』

 

筆者らがディスカッションにも書いているように、皆が知りたいのは、すでにコロナ後遺症になってしまった人に対するメトホルミンの効果なのではないか。

これまでの多くの研究室でコロナを含めた多くの疾患に対して行われてきた研究の結果は、慢性的な細胞の変性や慢性炎症に対してメトホルミンが有効かもしれない、メトホルミンがコロナによって破壊された細胞の再生を起こすかもしれない、という可能性を示している。そして今回の論文は、コロナ後遺症という症候群に対して 目的が違う方法であったとしても、メトホルミンが有効だったということを示した。

極論を言う。コロナの急性期に起きている反応(炎症や細胞の破壊)と慢性期、後遺症として残っている症状を起こしている反応(炎症や細胞の破壊)は全く別のものであるということはあり得ない。慢性期(後遺症の時期)の反応は、コロナ急性期の反応の延長線上にある。であれば、コロナ急性期に使って、急性期の反応とその後の反応を抑えることができたメトホルミンは、慢性期、コロナ後遺症の時期に使っても効果がある(はずだ)。

あとは、いつ始まるかわからない 始まるかどうかもわからない 「発症後のコロナ後遺症に対するメトホルミンの臨床試験」 の結果を待ち続けるか、ということになる。