コロナ後遺症としての頻拍と神経障害(inappropriate sinus tachycardiaという病気)

いつも元気そうに振舞っている30歳代。コロナ感染後、咳とか息苦しさなどの症状がやっとなおったあとも頻脈と動悸があってつらいという。

彼女は、2~3の循環器内科の医院・病院をまわって、一通り検査をされた後 異常ない・少し脈が速いだけといわれて、最後の病院で心不全の初期投与量のような少量のβブロッカーを処方されて帰ってきた。症状が変わらないので次はお前が何とかしろとのこと。

そこで彼女の状態について検索していて(いつものように病歴からbing AI検索)見つけたのが以下の論文。Inappropriate sinus tachycardia(IST;不適切な洞性頻拍)という病気はコロナ以前からあったらしいが、聞いたことがない。それがこの論文では200人のコロナ後遺症患者のうち 40 (20%) が IST の基準を満たした と言っている。コロナ後遺症の患者を診察することはあるが、彼女のはなしを聞くまであまりこの「動悸」という症状について気にしていなかった。というか、呼吸器症状に合併する症状くらいの認識だった。以前にもひとり動悸と頻脈を訴える患者はいたのだが(この患者も循環器内科を受診して特に治療もなく帰されていた)、ほかにもいくつも症状があったので他の症状に紛れてしまっていた。

ISTの定義は、原因のない洞性頻拍(安静時心拍100を超える、または24時間平均心拍数が90を超える)で動悸を伴うというもの。彼女のアップルウォッチで確認した安静時の心拍数が80台後半から90台で この病院でホルター心電図もやっていないので、厳密な意味でISTの診断には至っていないが、学会で発表するわけでもないしISTとして良いだろう。

lia Aranyó, et. al. Inappropriate sinus tachycardia in post-COVID-19 syndrome. Scientific Reports 12, 298 (07 January 2022)

2020年6月から12月の間(日本では第2波から第3波、まだ死亡率も高い頃)にスペインの大学病院のコロナ後遺症ユニットに紹介された全患者のうち初診時に安静時心拍数100以上の患者の前向き研究。対照は「コロナ感染後完全に回復した患者」と「コロナに感染していない人」。

『同ユニット受診患者200人のうち40人がISTの診断基準を満たした。
平均年齢40.1 ± 10歳、85%が女性、83%が軽症COVID-19
運動耐容能が低下している。
心エコー異常、炎症反応、 心筋障害、低酸素血症のすべてを認めない。

24時間心拍モニターにおいて心拍変動パラメーターの低下が認められる(以下のパラメーターのうちPNN50とHFは副交感神経による影響の特異的なパラメーター。VLFとLFは交感神経と副交感神経の両方の影響を受ける、とされる)。

Time-domain parameters(平均RR間隔、心拍間隔変動の標準偏差(SDNN, msec)、近接心拍間隔が50msec以上異なる心拍の割合(PNN50, %)):
daytime pNN50 (3.2 ± 3 vs. 10.5 ± 8 vs. 17.3 ± 10.0, p < 0.001) 
daytime SDNN (95.0 ± 25 vs. 121.5 ± 34 vs. 138.1 ± 25, p < 0.001)
(「コロナ後IST」vs.「コロナ感染後完全に回復した患者」vs.「コロナに感染していない人」)

Frequency-domain parameters(very low frequency (VLF; 0.003–0.04 Hz), low frequency (LF; 0.04–0.15 Hz), and high frequency (HF; 0.15–0.40 Hz) bands)(なんの周波数なのかわからないが):
VLF (1463.1 ± 538 vs. 2415.7 ± 1361 vs. 3931 ± 2194, p < 0.001),
LF (670.2 ± 380 vs. 1093.2 ± 878 vs. 1801.5 ± 800, p < 0.001)
HF (246.0 ± 179 vs. 463.7 ± 295 vs. 1048.5 ± 570, p < 0.001).

すべての心拍変動パラメーターがISTの患者で低下している。特にpNN50とHFが低下しているので、副交感神経トーンが減弱していることを示している。

結論:COVID後遺症としてのISTは、副交感神経機能の低下による心臓自律神経系の不均衡によるものと思われる。

ディスカッション:感染後の自律神経失調は他のウイルス感染でも報告されている。Denervation、慢性感染による組織障害、過剰な免疫反応など、どのようなメカニズムで起きているかは不明。自律神経系ばかりでなく神経系全般に対するコロナウイルスの影響も多く報告されている。そのメカニズムとしては、直接的な脳への感染、神経細胞への感染から血管炎、炎症反応・免疫反応の増強など間接的な影響など いろいろ考えられている。』

彼女らは「コロナ感染後完全に回復した患者」でも心拍変動パラメーターが低下していることについてあまり触れていないが、この論文はISTになった患者だけでなくCOVID感染者で高率に自律神経系の障害が起きている可能性を示している。

コロナ後遺症として非常にバラエティーに富んだ神経疾患が報告されているが、コロナは神経系にかなり親和性の高いウイルスなのかもしれない。インフルエンザでこのようなことはほとんど聞かない。

さらに、もう一歩話を進めて、コロナ後によく我々呼吸器科医が遭遇する「息苦しさ」(多くは検査しても何も異常は検出されない)も神経系または自律神経系の障害なのかもしれない。これが慢性感染や慢性炎症によるものなのであれば、発症して時間が経過しているとしても対処法はあるはず。

もう一点。ホルター心電図の解析業者には心拍のゆらぎの解析とその意味合いについての解説を行うようにしてもらいたい。この論文で行われている心拍の解析はそれほど高度なものではないように思える。それでコロナ後遺症の診断ができるかもしれないのだから。